癒してよ




「それ、どうしたんですか?」
企画書のファイルを提出しようとした時、課長の机でのそのそと蠢く物体を発見した。
「ああ、亀を拾ったんだよね」
「会社でですか?」
「いや、今朝かばんを開けたら入ってた。珍しいよね。」
いや、珍しいも何も!それいじめられてるんじゃないですか?
とは言えず、「そうですね…」と曖昧にうなづく。


「里親を探しているんだけどね」
「はあ、里親を…」
「飼いたい?」
「はあ、そうですね」
「じゃあ、よろしく」
「え?」


明日AM中に提出しなくちゃならない書類の作成に夢中になっていた私は、初め課長に何を頼まれたのか分からなかった。
「あ、いえ、それは困り…」
否定しかけて、パッと閃いた考えに口をつぐむ。
これって…チャンスじゃない?
亀を口実に、更にお近づきになれるんじゃ…?


そんな思い付きがぐるっと脳内を駆け巡った。
何を隠そう、私はこの課長にこっそり片思いしているのだ。
今までも結構仲良くはしてもらってる(と思う)けど、これは一歩前進するチャンスかも!?
よし…!そう思った私は、
「あの、でも私、飼うための物を何も持ってなくて。
それであの、よかったら水槽買うの付き合ってもらえませんかっ?」
と切り出してみた。
少し声が上ずって不自然になったけれど、なんとか言いたいことは言えた。
思わず息をつめて課長の反応を待つ。


「あ、じゃあ俺のあげようか」
「え、持ってるんですか、水槽」
「昔メダカを飼ってたんだけどね、ザリガニに食べられちゃって。空の水槽があるんだよ」
「(一緒に入れちゃうとこがおちゃめ!)ほんとですか?ありがたいです!」
「じゃあ取りにきなよ、俺んちすぐそこだから。」
「是非!!」


勢い込んで頷くと、課長は珍しく驚いたように目を丸くしていたけれど、2回瞬きをしてから苦笑した。
「・・・そんなに亀が好きだったとは知らなかった」
「はい、私も知りませんでした!」
とは言えず、「私、小中学校はずっと生き物係だったんです」と嘘をついた。


仕事を早めに切り上げ、会社から徒歩1分の課長の家に向かった。
「課長…こんな近いのによく遅刻しますよね」
「ああ、近いとね。近いなりに苦労するんだ」
会社までバス電車を乗り継ぎ1時間半の私には到底理解できないことだったが、とにかく今はそんなことどうでもいい!


「課長、のど渇きません?お礼におごらせて下さい」
途中にあったコンビニに立ち寄り店内を練り歩いていると、手にカップ焼酎を持った課長がおつまみ売り場の前で立ちすくんでいるのが見えた。


「…おつまみも買いましょうか?」
「いや……」
と言いながらも、目線が離れていません課長。
私は課長の見つめている『いか煎餅』を手に取ってレジに向かった。


「ごめん、俺の部屋2階なんだけど、ちょっと待ってて」
アパートの階段の下で5分ほど待たされた。


「いいよ」
通された玄関は靴を5足置いてしまえばいっぱいになりそうなところ。
課長、収入いいはずなのに何に使ってるのかしら。
意外な側面を見た気がして思わず笑みをもらしてしまった。
顔をあげると、課長がネクタイをゆるめ、私を見つめている。


「狭いとこだけど、どうぞ。」



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