「はあ~…」


念願の大手証券会社に就職し、ひたすら上に行くことだけを考えて仕事、仕事で突っ走った20代。はたと気付けば30も半ば
おそるおそる、後ろを振り返れば「仕事」以外な~んにも無し!


しかも!
3年前、仕事のミスをフォローしてくれた事から始まった、5つ下の出来る後輩への恋心も
「皆さん!なんと結婚が決まりました!」
との、彼からの爆弾発言と共に木端微塵となる始末。


『…恋愛偏差値の低い私には、恋なんてもう無理なのかな…』


今更ながら意気消沈し、仕事を早めに切り上げ街を彷徨っていた。


平日の夜でも騒がしい、煌びやかなショーウィンドウがまぶしい繁華街を少し逸れると、
落ち着いた雰囲気のブティックや高級飲食店が並ぶ路地に出た。
ふと顔を上げると、以前上司につれられてお得意様と飲みに行った、
すごーく感じの良かったBARが目に止まった。


私は、お財布としばしにらめっこをした後、
「たまには、贅沢しても良い…よね?」と自分に言い訳をし、店内に入った。
「いらっしゃいませ」
店内は、ほのかな明かりしか灯っておらず、その暗さが落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「ソルティドッグ1つ」カウンターに座り、以前に飲んだものと同じカクテルを注文する。
飲み始めてしばらく、
「…あれ?君は…」
やおら声をかけられて振り向いた先にいたのは、2時間前に会社で別れた上司の蟹江部長だった。
「部長じゃないですか!」


この部長、年齢は50歳前後、若くして奥さんに先立たれ、今は独身。
仕事は出来る上、部下の信頼も厚く、身なりは清潔でスマートな身のこなし若い女性部下のファンも多いという噂だ。
以前一緒に来た上司とは、他でもないこの部長だった。


「美味い酒を飲ませてくれるんで、よく1人で来るんだよ。まさかここで君に会うとは」


そう言って微笑んだ顔は、まるで秘密基地をこっそり教えてくれる悪餓鬼の様だった。
普段の大人な顔から、こんな顔まであるとは。若いファンも多いという話もうなずける。


「君は…なんだか暗い顔をしているね。何かあった?」


見破られたか…。


強めのカクテルを飲んでいた事もあり、私は今までの経緯を上司である部長に洗いざらいしゃべってしまった。
すべて言い終わった頃には、完全に私は出来上がってしまっていた。


「おとこらんて!なくてもいきていけるんれす!」


そんな私を見て、部長は何か思案している様子だった。
すっかり出来上がっていたが、部長の思案顔を見たとたん、我に返った。
いくら部長が穏健とはいえ、醜態をさらし過ぎてしまった…。
言い訳をするべきか考えていた時、部長は口を開いた。


「実は…君の事、良いなって思っていたんだ」


…嘘でしょ?部長の言葉に私は耳を疑った。
あの、仕事も出来て、顔もぴか一良くて、若いファンも多い部長が私の事??
にわかには信じられなかった。


「こんなおじさんが、君みたいな若い子に迫るなんて、外聞が悪いだろ?だから、黙っていたんだけど…でも、君のそんな話を聞いたら、居てもたってもいられなくて。」


嬉しさと奇妙な恥ずかしさと混乱の真っただ中に、部長はこう続けた。


「彼氏に立候補して…良いかな?」



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