好きな季節がやってきた。――冬。

この季節がくると空気が肌を刺すくらいキンと冷たくなって、手もかじかんで、朝起きるのも億劫だ。
私――、毒島ミチルの住む町は山あいにある小さなところで、冬になると雪がよく降る。
それに加えて、町には坂道が多く、雪が降った日はスノーブーツを履かなければ、あっと言う間に下まで転がって行ってしまうのではないかと思うくらいだ。
煩わしいことも冬には多い。
けれど、そんなこともあれを見ると吹き飛んでしまう。

天気のいい晴れた日の夜には、ダンスの放課後練習が終わると真っ直ぐ自宅に帰って、身の回りのことは早々に済ます。
あとは寝るだけの状態にしたら、キッチンで保温ポットに出来立てのあつあつのコーヒーを淹れ、母の作ってくれた甘さ控えめのスコーンと一緒にバスケットに詰める。
父の書斎からは父の読み終わった薬学書とキャンプ用のライトを拝借する。
そのあと、これでもかと言うくらい厚着して、その上からお気に入りのブランケットを羽織って、準備は万端。

用意していたあれこれを持って、自宅の三階の屋根裏部屋に向かう。
屋根裏部屋の窓の外には１人分くらいの小さなベランダがあるが、この場所は父も母も使わないのですっかり私専用だ。
置いたままにしている折り畳みテーブルとベンチを並べて、持ってきたランプを点けて、コーヒーをカップに注いで、やっと一息。
そして、ふうと空に向かって白い息を吐いてみる。
遮るものは何もない。
あるのは澄んだ空気の中で輝く満点の星々と空だけだ。
この星空を見ると頭の中がスーッと澄み渡っていくようで、でも胸がいっぱいになるような不思議な気持ちになる。

この町に引っ越してきたとき、住み慣れた場所を離れることが少し不安ではあったが、この空を見つけてからはそれもなくなった。
それからはこの満天の星空の下で、好きなものに囲まれて、静かに過ごす時間が好きだ。

＊＊＊

「ミチル、おはようっ！ねぇねぇ、昨日チャットルームに送ったメッセージ見てくれた？」

翌朝、登校中のミチルに後ろから走って来たはるが元気よく声をかけてきた。

「昨日？……今、見たわ」

カバンからスマートフォンと取り出すと、小さなランプがチカチカと点滅しており、ホーム画面を点けるとアプリのアイコンがメッセージを受信したことを知らせていた。
たしかにはるから昨晩の21時過ぎにメッセージが届いているようだった。
ミチルは昨晩あのあと、読書に夢中になりすぎて気づけば日付が変わる手前だったため、慌ててベッドに入って休んだのであった。

「今！？遅いっ！遅いよ～～！ウチのおばあちゃんだってもう少しスマホ使いこなしてるよ～！」
「まぁまぁ、はるちゃんがメッセージ送ったのも遅かったし、ね！」

あとから追いついて来たまなぶがミチルにおはようと声を掛け、いつもの調子ではるをなだめた。

「それで、連絡してきたってことは何か用事があったの？」
「そうそう！今週の土曜日の夜、空いてるかな？と思って連絡したの」
「夜？」
「そう！一緒に流星群みようよ！」

はるの思わぬ提案にミチルは目を丸くした。
ミチルから見て、はるが天体観測などに興味があるようには見えなかったからだ。

「あなた、星に興味なんてあったの？地学の授業とか偶に居眠りしているじゃない」
「地学とはまた別だよ～！実はたまたまニュースでやってるのを見たの！今週末の流星群はいつもよりもたくさん星が流れて、いつもよりすっごく近く見られるんだって」
「せっかくだったら３人で見たいねって昨日はるちゃんと話してたの。良かったらあたしたちの家で一緒に見ない？」

どうしたものかとミチルは思い巡らせていた。
もともとミチルは週末の流星群のことはもちろん知っており、かねてより楽しみにしていたのであった。
ただ、２人と一緒に過ごすこととなると静かに星は堪能できないだろうことが簡単に予想できた。

「……悪いけれど」

そうミチルが断ろうとした時に食い気味にまなぶが言ってきた。

「あたしたちのひみつきちで見るお星さまはとっても綺麗なんだよ、ミチルちゃん！」
「……秘密基地？」
「そう！ひみつきち！そこからだと星がと～～～っても綺麗に見えるんだよ！ミチル！」

あまりにもすごい２人の勢いにミチルは頷かざるを得なかった。
いや、ミチルは好奇心には勝てなかったのだった。

＊＊＊

「「じゃ～～ん！！これがあたしたちのひみつきちで～す！」」

週末、ミチルは完全に日の落ちる前からはるとまなぶの家に招待され、夕食を一緒にとった後、ふたりの秘密基地に案内された。
秘密基地と呼ばれたそこは、はるとまなぶの家の裏庭の木の上に建てられた簡単な空間のことであった。
屋根や壁はなく、床と簡易な手すりがついていてツリーハウスというよりはウッドデッキのようなイメージだ。

「昔、おじいちゃんとお父さんが作ってくれたんだ！ここ最近はあたしたちも使わなくなったし、あたしも上に登るのは結構久しぶりなんだけど……、よっと！」

ひょいひょいとはるが先陣をきって、木に打ち付けられた梯子を軽快に上っていく。

「ミチルちゃん、足元気を付けてね。昔、はるちゃんよく踏み外して転げ落ちてたから……」

先を行くまなぶがミチルの足元を懐中電灯で照らしてくれる。
少しギシギシと軋む梯子は年季を感じさせたが、お昼にお父さんがメンテナンスもしてくれたんだとまなぶが言ったので、きっと崩れることはないだろう。

「３人だと少し狭いね」
「昔はもっと広く感じたんだけどなぁ」

３人が上に登り切ったあと、はるとまなぶがくるりと周りを見渡しながら言う。
確かに女性３人でも少し窮屈な場所ではあったが、走り回るわけではなく、天体観測をするだけなのだから十分ではあった。
ふとミチルが上を見るとあまりにも近すぎる空が広がっていて、それは普段ミチルが見ているそれよりも一層近く感じていた。

はるとまなぶの家は、ミチルが住む場所よりも更に山の上の方に位置しており、近所では「山の上の薬師堂さんち」と有名なくらい普段は不便な場所にある。
今日もミチルが２人の家に向かうときには、なかなかの斜度の山道を上ってきたのであった。
だが、ここはこの辺りでどこよりも空に近い場所である。
秘密基地の周りは木々に囲まれており、そこの隙間をぬって見える星空はまるでライトで照らされているかのように光り輝いていた。
息をのんで空から目を離せないでいるミチルに「はい」とまなぶがマグカップを差し出す。

「ココアだよ。あつあつだから気を付けてね」

四畳ほどの空間にはるが厚手のレジャーマットを敷いたので、その上に３人で肩を並べて座る。
まなぶから渡されたマグカップからは吐く息と同じくらい白い湯気がもくもくとあがっていた。
冷めないうちに飲もうとミチルがカップに口をつけようとした瞬間、「にがっ！！！」と
はるの驚いた声が辺りに響いた。

「まなぶ～！なにこれめっちゃ苦いよ～！」
「あぁ～。はるちゃん、ちゃんと生クリーム入れた？そのまま飲んだらそりゃあ苦いよ～」
「あ、そうだった！忘れてた！」

やっぱりと言いながら、まなぶはバスケットからフードコンテナを取り出し、中に詰められた生クリームをはるのマグカップの上に浮かべた。

「んん～！！これこれ♪」
「ミチルちゃんがスコーン持ってきてくれるって言ってたから、せっかくだしって、はるちゃんと２人で生クリーム作っておいたの」
「え……っと、それは大丈夫なの？」
「「ひどいっ！大丈夫だよ」」

混ぜるぐらいなら出来るよ？と少し自信なさげにまなぶはミチルのココアの上にも少量の生クリームを載せた。
あっという間に溶けていく生クリームを見ながら、ミチルは心の準備を整えた。
そして、えいとココアを一口飲んだが、意外にも普通の味だったので３人はほっと胸をなでおろした。

暫くココアを飲みながら談笑していると、辺りは真っ暗になっていた。
３人で見た夕方のニュースでは20時ぐらいから流れだすとのことだったが、その時間を15分ほど過ぎても、流星は確認出来ていない。

「ずっと上ばっかり見てると首が痛くなっちゃいそうだね〜」

まなぶはそう言って、首の後ろが厚くなるようにマフラーを巻き直す。
たしかにこの秘密基地は周りが木に囲まれているので、真上を見上げないと空が見えない。
首を回しながら休み休み見ているとせっかくの流星も見逃してしまうかもしれない。
どうしたものかと思案していると、「もういっそ寝ころんじゃう？」とはるは提案した。
そう言うが早いか、はるはまなぶとミチルからマグカップを回収し、ホラ！さあさあ！と寝ころがるのを勧めてきた。
言われるまま寝ころんだ２人と、あたしもと言ってそれに続いたはるの３人の目の前に広がるのは満天の星空だった。
どこが何座なのか分からないくらい大小様々な星が輝いて、空を埋め尽くしていた。

その瞬間、星たちのあいだを閃光が駆け抜けていった。
その日３人が初めて目にした流れ星だった。

「「わぁ！！」」

はるとまなぶがさすが双子と言わんばかりの息のあった歓声を上げる。

「まなぶ！ミチル！見た！？今、流れ星が流れていったよ！」
「見れたよ、はるちゃん！！すごい綺麗だったね、ミチルちゃん！」

はるとまなぶが目を輝かせて、半分体を起こしながらミチルに詰め寄る。

「見たわ。とっても綺麗だった。……ほら、２人が被さってきたら見えないでしょ」
「あ、そっか！へへへ」
「あはは！ごめんごめん」
「あ、ほら見て。また流れたわ」
「「えっ！？」」

ミチルが指さした方をみて、わっとまたはるとまなぶが声を上げる。
星が瞬く空の下で３人はわいわい騒いでは飽きるまで星を眺めた。

＊＊＊

ふと気づくと横の２人が静かなことに気が付いた。
耳をすますと、すぅと小さな寝息が聞こえた。
まさかと思ったが、はるとまなぶははしゃぎ疲れて眠ってしまっているようだった。

「……ふふ」

ついさっきまで騒いでいたし、しかもこんな寒い状況のなかよく眠れたものだとミチルは少し呆れて、思わず笑いが込み上げた。

２人を起こさないと風邪をひいてしまう、なんて思いながら、空に流れる星を見てふと思う。

満天の星空の下で、決して静かではないけれど、好きなものに囲まれて過ごすのは悪くない。
またこんな機会があってもいいかもしれない、と。


–END–

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