Trinity Tempo -トリニティテンポ- ストーリー



 それからTV出演の日まで、時間は瞬く間に過ぎていった。
 阪井先生の練習内容はアタシ達の想像以上のハードさで、細かい事を考えている余裕はほとんどなかった。
 そして、特に準備らしい準備もできないまま当日を迎え、アタシ達は関東のTV局の控え室にいた。
 覚悟は決めたつもりだが、いざこの日を迎えると、やはりすさまじい緊張が襲ってくる。
 頭の中は完全にパニック状態である。
 阪井先生や大河たちの声もほとんど頭に入ってこない。

「大河、理央奈は大丈夫なの?ガッチガチじゃない、あの子。いつもこうなの?」
「いえ……。ここまで緊張しているのは久し振りです。ですが、大丈夫でしょう」
「?なんでそう思うの?私にはとてもそうは思えないんだけど」
「理央奈はダンスの時もそうですが……。確かに始まった直後は体が固いのですが、すぐに最高の状態まで上げてきます。本人は否定していますが、ある意味、我々の中で一番本番に強いタイプです。私は、いえ、私たちはなんの心配もしていません」
「ん」
「なるほどねえ。正直、理央奈のあがり症は一番厄介だと思ってたけど、一概にそうも言えないって事かしら」
「そして、私もアリサも、そんな理央奈に負ける気はありません」
「……ふふ、面白いじゃない。益々あんた達を鍛えるのが楽しくなってきたわ。……ほーら理央奈!もうすぐ本番よ、しゃんとしなさい!深呼吸しなさい、深呼吸!」

 阪井先生の声で我に返る。
 そ、そうだ。し、深呼吸しないと、深呼吸……!ええっと、吸って吐いて――

「……リオナ、吸ってるだけ」
「――ッ!ぷはぁぁぁ!あー、マジで死ぬかと思ったー!」
「大丈夫……なはずです。多分」 

 なんだか大河が苦々しい顔をしていたけど、彼女も緊張しているのだろうか。珍しい。

***

 数時間後。アタシらは関西に戻る新幹線の中にいた。
 11代目蒼牙のお披露目と銘打たれたTV出演はつつがなく終わった……らしい。
 らしいと言うのは、アタシに放送中の記憶がほとんどないからだ。
 ダメな時は容赦なくダメと言う阪井先生が「よくやった」と言ってくれたから、多分だけど、大丈夫だったのだろう。
 なんにせよ、ドッと疲れた。
 新幹線の到着まではまだ時間もあるし、少し眠ろうかな。
 そう思い目を閉じようとすると、横に座っていたアリサがちょんとアタシをつついた。
 アリサはと言えば、新幹線に乗ってからずっと一心不乱にネットを見ていた。

「んー?なーに、どうしたの?アリサ」
「これ」

 アリサが電話の画面をこちらに向けてくる。
 そのページはアリサがよくチェックしている、トリニティカップのファンサイトだった。
 毎日のように注目チームなどの情報が更新されているらしい。
 アリサが表示していたページには、あるチームに所属する生徒の事が書かれていた。

「えーと、なになに?九条院……。アリサ、これなんて読むの?」
「せいら」
「九条院惺麗。昨年のヨーロッパの社交ダンス大会の優勝者。いまは高校1年のはずだ」

 それまで本を読んでいた窓側の席にいる大河が声を上げた。
 社交ダンスのヨーロッパチャンピオンとは、すごい肩書きだ。ダンスに対しての知識が豊富な大河なら知っていても不思議ではない。

「詳しいの?大河」
「いや。今年から日本の高校に入学するらしい、という事くらいしか知らない。……アリサが気になったと言う事は、やはり九条院惺麗もダンスチームに入ったのか?」
「ん」

 言うと、アリサはもう一度アタシに電話の画面を見せてきた。
 そこに書かれている内容を声に上げて読む。

「なになに、『九条院惺麗がリーダーを務める、聖シュテルン女学院の新ダンスチーム、<ステラ・エトワール>が近々練習試合をするらしい』だってさ。んー、聖シュテルンって、関東の学校だっけ?」
「私立聖シュテルン女学院。関東ではトップクラスと言われるダンスの強豪校だ。なるほど、九条院惺麗は聖シュテルンに入学したのか……」
「練習試合だけでトピックスが出来るって、新しいチームとは思えない注目度じゃん。やるねー。ん、そう言えば、練習試合の相手はどこのチームなの?」
「……ここ」

 アリサが画面にタッチして新しいページを表示させる。
 今度はアタシと大河に見せるように頭上に掲げた。

「えーっと……。花護宮高等学校?どこそこ?アタシ知らない。大河は?」
「いや、私も知らない名だ。説明によると、こちらも今年できた新しいチームのようだな」
「ふーん。こう言っちゃなんだけど、噛ませ犬っぽいね。無名のチームに圧勝して期待のルーキーにハクをつけさせる、みたいな?」
「気に入らないな……」

 そう言うと、大河が目を細める。
 常に高い目標に向かって進む彼女からすれば、こう言った話は好かないのだろう。
 ……噛ませ犬云々はアタシの勝手な推測なのだから、そんなに気にしなくていいのに。
 画面から目を外した大河が口を開く。

「なんにせよ、全国各地に王者の座を狙う我々のライバルがいると言う事だ。まずはトリニティカップの地方大会だ。気を引き締めていくぞ」
「りょーかい!」
「ん……!」

 そこまで言うと大河は読書に、アリサはネットサーフィンに戻った。
 アタシはふと気になったので通路を挟んで反対側の阪井先生に目を向けた。
 阪井先生は、爆睡していた。


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