Trinity Tempo -トリニティテンポ- ストーリー



 自分には先を見通す目があった。
 自分に任せてくれさえすればすべて良い方向へ導くだろう。
 世間のニーズも、観客が沸く方法も、ダンス界の将来のこともすべて見通せる。
 ときに予想通り過ぎてつまらないほどに。
 ああなんでそんなことするかな。そうじゃないのに。もったいないなあ。
 なんで僕に任せないのかな。馬鹿だなぁ――父さんは。

 つまらないほど予想通りに三神御門が荒れたので、三神皇は退屈を嚙み殺すのに苦労した。
 知らないところで何かされるのを父は心底嫌う。その性格を十分に知りながら、敢えて秘密裏に進めたのだから当然だ。だから、つまらない。褒められた方がまだ予想外過ぎて面白い。
 連絡の手違いで、とか、事前の要項には載っていたのですが、とか言いながらヘコヘコするのが最も短い時間で片付くとわかっていたので、ほんの10分程度で解放された。どの道、公に宣言してしまった以上取り返しはつかない。時間は巻き戻らない。三神ホールディングスとしては追加ルールを含めて大成功に収めなければならない。
 そして観客からとても好意的に受け止められていることを、またそれを受けて株価が変動し始めたことを、父は事実として受け止めなければならない。――勿論、嫌々だろうが。

「世界はね、私の采配を求めているんです。分からないかなぁ、父さんには」

 記憶力は良いほうだ。とても良い。皇は御門の言葉はすべて記憶している。
 智慧に富み、戦術に長け、革新的であれ。その教え通りに完成した自負がある。皇は御門の理想通りの後継者だ。
 そんな外面に満足していればよかったのに、なまじ人を見抜く目だけは一流だったから苦悩するのだ、あの父は。

「分かんないだろうなぁ」

 踊りだしたい気分だ。皇は楽しくて仕方がなかった。
 明日はどんな風に盛り上がるだろう。どのタイミングでどんな感動が湧き起こるだろう。
 まるで見てきたようにリアルに想像しながら、可笑しそうに肩を揺らした。

***

 星司から電話があったのは、咲也たちが会場を出る間際のことだった。

『せっかくだから一緒に夕食をとろうじゃあないか。場所はなんと晶くんチョイスだ! 目にもとまらぬ速度で近くの店を検索してくれてね、どんなところか皆楽しみにしている』
『誤解を招く表現はやめてくれないかな。普通にファミレスを検索しただけだから。どこにでもあるチェーン店だから期待しただけがっかりすると思うけど、味もコスパも悪くないし、予定がないなら来たらいいんじゃない?』
『みんなで食べると楽しいもの。お話しすると気もほぐれるし、リラックスして明日の試合に備えるためにもよかったら一緒に、ね』
『フフフ、桜映! いい機会ですからわたくしが本場のマナーを教えて差し上げますわ。早くいらっしゃいなさいな!』
『惺麗くん、ファミレスにコースディナーはないぞ! ――と、こっちはこんな様子だ。聞こえたか?』
「ああ」

 咲也も桜映たちも電話口から漏れ聞こえてきた声に思わず頬が緩んでしまう。

「よろしく頼む。どこに行けばいい?」

 店の場所を確認して通話を切った。
 歩き始めて間もなく到着したが惺麗たちの方が早かったようだ。6人掛けと2人掛けのテーブル席を確保して、惺麗が待ちきれない様子で手招きしていた。

「桜映、桜映。ドリンクバーとやらに行きますわよ!」
「オッケー!」
「惺麗、まだ注文終わってないから。もうちょっと待って。――これとこれとこれ、と。行っていいよ惺麗」
「フフフ。わたくしが教わったばかりの、本場のマナーを披露して差し上げますわ」
「何だろ? 順番を抜かさない、とか? 教えて教えて!」
「良いでしょう。しっかり御覧なさい!」

 わいわいとはしゃぎながら向かう惺麗と桜映。すみれが2人に苦笑しながら席に着くと、晶が注文用のタブレットを寄越した。

「ほら、水川すみれ。こっちの注文と、あと全員分のドリンクバーは頼んでおいたから」
「ありがとう和泉さん。和泉さんは何にしたの?」
「定番だよ。エビフライとハンバーグ、あとポテトとパフェ。……何? なんかおかしい?」
「えっ? ううん! おかしくはないけど……明日も試合があるのに沢山食べるのね、って」
「心配無用だよ水川すみれ。別に体重管理してないわけじゃないし。好きなときに好きなものを食べるのが精神衛生上いいんだ、僕の場合はね」
「わかるなぁ。和泉さんのお話、かれんすごくわかっちゃうなぁ。明日がんばらなきゃだし、かれんもパフェ食べちゃおっかなぁ」
「この特大サイズがオススメだよ」
「わ! 下に小さく、しっかりがんばらなきゃなカロリー数が書いてあるよ~!」
「ちょっとこれは……美味しそうだけど、少しだけ小さめのサイズにしておいた方がいいんじゃないかしら」
「須藤先輩の言う通りよ。香蓮も和泉さんもやめておいた方がいいわ」
「みんなで頼んでシェアするのはどうかしら? そうすればいろんな味が楽しめてお得だと思うわ」
「カロリー計算も曖昧になって、罪悪感が減る気がするよね」
「そうそう。メニューには何キロカロリーって書いてあっても全部食べたわけじゃないもの……って思っちゃうところがシェアの落とし穴なのよね」
「はまっちゃおうかなぁ、かれんその落とし穴にはまっちゃおうかなぁ……よーし、みんなでパフェたのんじゃえ~!」
「もう、香蓮ってば……ほどほどにしておいてね」

 そこへ桜映と惺麗がドリンクを手に戻ってきた。

「それにしても桜映! どうして負けてしまうのです!」
「惺麗ちゃん、それもう3度目だよ~!」
「何回だって言いますわ。この九条院惺麗が認めたライバルなのですから、わたくし以外の誰に負けることも許しませんわ!」
「ええ~!? でもでも、もう負けないよ! 敗者復活戦、絶対観てね!」

 千彗子の隣に座る惺麗。桜映はその向かいに座って、すみれが回してくれたタブレットを軽くお礼を言いながら受け取った。

「あたしはカツカレーにしよっかな。敗者復活戦に勝ったれ~、ってことで!」
「それにしても桜映はどうして負けてしまったのでしょう。ナットウが行きませんわ!」
「まあまあ惺麗さん、相手はあの『蒼牙』だったのよ」
「あと納豆じゃなくて納得だよ惺麗」
「あ、納豆カレーもあるみたい。惺麗ちゃん一緒に食べる?」
「真面目にお聞きなさい! 千彗子も思いませんでしたこと? あのステージで誰より輝いていたのは絶対に桜映たちでしたわ! 思い起こせばこちらの体育館で練習試合を行ったあの頃からは、見違えるほどのパフォーマンスでしたのに……!」
「惺麗ちゃん……えへへ、嬉しいなぁ!」
「照れている場合ではありませんわ! ステージを観て、やはりわたくしの目に狂いはなかったと確信いたしましたわ。春日桜映そして『ブーケ』、あなたたちはトリニティカップで優勝すべきチームですわ!」
「それだと僕たちも負けてることになるけど」
「と、当然わたくしたちも優勝に決まっていますわ! 同点優勝ですわ!」
「なにそれ。ちゃんと考えて喋りなよ」
「では晶はどう思いましたの? 桜映たちは優勝できないと?」
「審査員が採点する形式なら難しいだろうね。ダンスのテクニックが基本の評価軸だろうから『ブーケ』は振付の難度をもっと上げていかないと、高得点に結びつかないはず」
「やっぱり、そうよね」
「だよねぇ……」
「ちょっと晶! 晶には応援する気持ちはありませんの?」
「……まぁ、会場内の雰囲気だけ見れば『ブーケ』は決して負けてなかった。だから敗者復活戦のルールは嬉しいサプライズだよ。勝敗に観客の投票が含まれるなら、面白いことが起こるんじゃないかな?」
「つまり?」
「つまりって……わかるだろ。十分に勝ち上がれる可能性が残ってるってこと」
「ということですわ桜映!」
「じゃあ!」
「ええ。『ブーケ』は勝つ可能性があるということですわ!」
「ええー!?」
「いや、復唱しただけじゃ……まぁいいけど」

 呆れた様子で晶は惺麗をどかせて席を立つと、4人分のドリンクを注いできて千彗子とすみれと香蓮に配った。

「はいこれ。メロンソーダ」
「えっ。あ、ありがとう」
「この不健康って感じの色がたまらないんだよね」
「ええ、そうね」

 嬉しそうにストローを吸う晶に、炭酸も甘い飲み物も苦手だと言えないすみれだった。
 注文していた料理が続々に運ばれてきて、テーブルの上に所狭しと並べられた。

「いただきまーす!」
「みんな、ピザが切れたからよかったらどうぞ」
「和三盆メープルバターはちみつピザだよ~」
「な、なんだかとても甘そうね……」
「やりすぎなくらいで困っちゃうよねぇ。ほっぺが落ちちゃったらどうしよう! はい、惺麗さんとさえちーにも」
「ありがとー! ん~!! おーいしー!! 和三盆の甘さと、メープルバターの甘さと、はちみつの甘さが口の中でとろける~!」
「よかったわね……」
「ところで惺麗。サラダバーって知ってる? 野菜を好きなだけ取っていいところなんだけど」
「何ですって!? 晶、いいことを教えてくれました。早速行ってみますわ!」
「私も行こうかしら。惺麗さん、ご一緒しても構わないかしら?」
「よろしくてよ!」

 2人が席を立ったのを見計らって、ハンバーグに添えられたミックス野菜からグリーンピースを選り分けて惺麗の皿に追加する晶。ふと桜映たちの視線に気付くと、真剣な顔で「言ったら怒るから」と釘を刺した。
 サラダバーのコーナーに向かう惺麗たちと入れ替わりで、咲也が皿いっぱいにサラダを載せて戻ってきた。2人掛けの席に腰を下ろしてレタスをむしゃむしゃと頬張る咲也を、どこか嬉しそうに眺めながら星司が言った。

「いいステージだったじゃないか」
「だからこそ勝たせてあげたかった。わかるだろ」
「わかるさ」
「『ステラ・エトワール』も素晴らしいパフォーマンスだったよ。ひいき目を除いても頭一つ抜けたレべルだったと思う」
「はは、自慢じゃないが『蒼牙』にだって負けないぞ。すべて彼女たち自身の実力さ」

 僕はなぁんにもしてない、とおどけて言う星司。
 よく言うよ、とそっと笑い飛ばして咲也はサラダを頬張った。
 ふたりで顔を突き合わせていると、学生時代に戻ったようだった。
 少し迷って――暗がりから1歩踏み出すような気持ちで、咲也は言った。

「春日さんたちが、あの『蒼牙』との試合の後でも、ダンスが好きだって言ってくれたよ」
「ほう! 良かったじゃないか」
「ああ」
「良い生徒に巡り合えたな」

 フォークを置いてコーヒーカップに口をつける。
 すると星司が自分のドリンクを掲げて差し出してきた。乾杯したいらしかった。
 咲也は、隣の賑やかなテーブルへと視線を逃がしながら、旧友に向かって言った。

「やだよ。恥ずかしい」

 そうだな、と微笑む星司だった。

「東先生! あたしたち、明日もーっと頑張りますから!」
「うん、めいっぱいステージを楽しんでいこう! 俺に出来ることは何でも言ってね」
「ハァーッハッハッハ! 僕も協力するぞう!」
「そうだね、僕たちのことはいくらでも放っておいてくれていいから。なんなら帰ってこなくていいから」
「晶さんったら、そんなこと言っちゃだめよ。神奈先生、もちろん私たちのこともお願いしますね」
「かれんたち、頑張っちゃうもんね!」
「ええ!」
「よーし! みんなで優勝だ! おー!」

 桜映が握りこぶしを突き上げたところへ――

「優勝だぁ?」

 ちょうど通りがかった女の子が、ぴたりと足を止めて桜映たちを見下ろした。
 ボサボサの長い黒髪をポニーテールにまとめた、勝気そうな女の子だった。

「優勝ってーのはトリニティカップのことか? そんなら――優勝すんのはお前らじゃねー。『蒼牙』でもねー。他のどこでもねー。優勝すんのはこの私ら『金鯱』だ! ド派手なステージを、楽しみにしてやがれ!」

 仁王立ちして威圧的に笑む。しかしそれが様になっていて、不思議と頼もしく見えてしまう女の子だった。

「私は長谷部有瓜。ダンスで天下布武するのはこの私率いる『金鯱』だ!」

 惺麗が応じて立ち上がりかけたとき、はいはいはいー、と小柄な女の子がやってきた。
 こちらに愛想よく会釈をしながら、有無を言わさぬ勢いでポニーテールの女の子を押して奥の席へ戻っていった。

「何だ桐栄。まだ言い足りねーんだが」
「まあまあ。それより有瓜ちゃん、葵ちゃんが白玉ぜんざいを注文してくれましたよ」
「おっ。気が利くじゃねーか。一緒に食うか!」
「うん! 有瓜ちゃん……!」

 もう何事もなかったかのように談笑しているのを、呆気にとられて見送った。
 彼女たちの顔は事前の他チーム研究のときに見た覚えがあった。咲也と星司が補足する。

「あの子たちは東海地方代表『金鯱』。明日『蒼牙』と戦うチームの一つだね」
「前評判では、今年『蒼牙』を下すなら『ティダ』か『金鯱』かと言われていた。その3チームが明日の初戦にぶつかるんだ。激しい試合になるだろうね」
「学校名もチーム名も聞き覚えがありませんわね」
「『金鯱』は今年新設のチームだよ。高校としても初出場だし、トレーナーが有名なわけでもない。東海地方予選で見せたパフォーマンスだけでそこまで騒がれているのが、彼女たちの凄いところさ」

 ほえー、と感心する桜映と香蓮と千彗子。知ったことではない様子の惺麗と晶。
 すみれは事前に調べた情報を思い出していた。

「もっと背の高い人たちかと思っていました。2メートルとまではいかなくても、それくらいの人たちかと……」
「ああ、予選の映像を見てそう思ったんだね。それくらい彼女たちのステージはパワフルだったからね」
「……」
「水川さん」

 すみれが顔を向けると、千彗子は握りこぶしを握ってみせた。

「必ず、決勝戦で戦いましょうね」

『ステラ・エトワール』全員の視線に、すみれと、そして桜映と香蓮はうなずいて応えた。
 必ず決勝戦で勝負する。そのためには目の前の敗者復活戦を勝ち上がり、続く2回戦を突破する必要がある。

「大丈夫」

 桜映が言った。

「もう負けないよ。――惺麗ちゃんも晶ちゃんも須藤先輩も、待っててね!」

 熱気の渦巻く夜が過ぎていく。
 ネット上では1日目の振り返り動画が再生数を伸ばしていく。
 注目と期待を一身に集め、眠りに落ちたスタジアムも待ちきれず勝者の夢を見る。



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