Trinity Tempo -トリニティテンポ- ストーリー



「合宿をします!!」

 翌日、いつもの河川敷に集まった面々に、桜映は高らかにそう言った。

「今度は本気の合宿だよ!」
「あら? 前回は本気じゃなかったのかしら」
「衣装デザインの合宿、楽しかったねぇ。さえちー、寝ちゃってたもんね」
「や、あれは、そのぅ……ゴメンナサイ。でもでも、今回は違うよ! なんてったって、ちゃんとダンスできる場所を借りるから!」

 以前の合宿は、桜映の家で開催された。ステージ衣装のデザインをみんなで相談しながら、三人の友情を深めた夜だった。

「あたし思ったの。惺麗ちゃんたちのダンスを見て、あたしたちってぜんぜん練習が足りてないなって。――だから、合宿! 急だけど、いまじゃなきゃダメな気がするの。試合会場のわぁーってした雰囲気とか、ステージで踊ったときのぐわーってした気持ちがなくなっちゃう前に、みんなでしっかり練習したいから!」

 両手でわぁー、ぐわぁーとジェスチャーしながらも真面目な顔の桜映がおかしくて、香蓮とすみれはくすくすと笑った。
 二人も急だとは思わなかった。負けた悔しさはずっと心にへばりついている。もっと密な練習がしたいと思っていたところだった。
 すみれは意気込んで頷いた。

「ぐわーって気持ちじゃなかったけれど、私も試合の感覚が薄れる前に踊りこんでおきたいと思うわ」
「かれんはごごごごごって感じだったよ!」
「そうかなぁ? ぐわぁーで、どかーんって感じでしょ?」
「ちがうよー? ごごごごでドドドドだよ。すみれちゃんはどっちだと思う?」
「え? うーん……私は、ぎゅっで、きゅ~って感じだったかしら。――ねえこれってどっちでも良くない?」
「良くないよすみれちゃん! うん、合宿の一つ目の議題が決まったね! 誰が一番ステージっぽさを表現できるか勝負だよ!」
「かれん負けないよっ」
「目的が変わってきてるじゃない……」

 ため息をつきながら、だいたいの練習メニューとタイムスケジュールは咲也と相談して決めてしまおうと決意する。
 ふと気づいたように、香蓮が心配そうな顔をした。

「すみれちゃん、おうちの方はへいき?」
「そうだ。お泊りだとおうちの用事、大変になっちゃう?」
「ううん、平気よ。なんとかなると思う。――実は、またダンスをするようになって、母さんも父さんもすごく喜んでくれたの。私のしたいようにすればいいって。だから訊いてはみるけど、きっと大丈夫だと思うわ」
「そうなんだ! 優しいお母さんとお父さんだね!」
「ええ。すごく――感謝してる」

 照れるように頬をほころばせるすみれに、桜映も香蓮も胸があたたかくなるような心地がした。

「……でも桜映、合宿できるところって、どこか考えてるの?」
「もちろん! 合宿といえば学校! 土日なら授業がないから教室借り放題だよ!」
「学校で?」
「わあ、じゃあ体育館にお布団ひいて寝たりできるかな?」
「家庭科室で晩ごはん作ったりもするよ!」
「夜のグラウンドに寝転んで星を見たり?」
「廊下で肝試ししたり!」
「やった。かれん、たのしみだよー!」

 目をキラキラさせる桜映と香蓮に、そう上手くいくかしらと首をかしげるすみれ。

「先生の許可が下りるかしら」
「すみれちゃんってば心配性だなぁ。きっと大丈夫だって!」
「途中からダンス関係ないみたいだし」
「え、えへへ……」
「ふたりとも~……?」

 ジト目で見つめるすみれから逃れるように桜映が携帯を取り出し、わたわたと電話帳を表示した。

「こ、細かいことはあとで考えようよ! まず場所の確保!」
「さえちーさえちー、はやく東先生に聞いてみよ?」
「うん!」

***

 そのとき咲也は自宅で、昨日の練習試合の映像を分析しているところだった。
 映像は、星司が持ってきたものだ。
 といっても星司が撮影したものではなく、九条院家のお手伝いの方が撮ったものをコピーしてきたらしい。手振れもなく実にきれいに撮れていた。
 見れば見るほどにステラ・エトワールのダンスは完成度が高い。見比べることで、今まで気づかなかった改善点が浮き彫りになっていく。
 メモしたノートがみるみる埋まっていく様子を眺めながら、星司が退屈そうに言った。

「ずいぶん熱心じゃないか。朋友と書いてマブと読むこの僕が遊びに来ているのに、ずっとテレビばかり見て。この僕が遊びに来ているのになぁ!」
「大きな声を出すなよ。練習試合の映像があるからって持ってきたのは星司だろ」
「僕が帰った後にでも見ればいいじゃあないか、僕が帰った後にでも! 運命のッ! 導きによりッ! 再び邂逅を果たした翌日なんだぞ。もっと旧交を温め合ってもバチは当たるまい! あと喉渇いた!」
「うるさいって。冷蔵庫にお茶あるから飲んでろよ」
「いやだいやだ、無調整の牛乳じゃないといやだよぅ」

 グラスの端を噛んでうだうだする星司に、スーパーの袋から牛乳を出してやる。嬉々として注ぎ始める星司。

「ちょっと薄いが、これはこれで美味だ!」
「飲んだら帰っていいよ」

 またいやだいやだとちゃぶ台に突っ伏す友人を無視して映像に戻る。
 と、そこで咲也の携帯が震えだした。春日桜映という表示を見てすぐに通話ボタンを押した。

「ハァーッハッハッハ! 僕だ!」
『えっ? あれっ? 東せんせい、ですか?』
「そうだッ!」
「違うだろ、返せ星司。――ああ、春日さん? 驚かせてごめんね。どうしたの?」
『あ、その、なんだっけすみれちゃん? ――あ、あたしたち学校で合宿したいんです! 申請とかよくわかってなくって、どうしたらいいですか?』
「学校で? 泊まりでかい?」
『はい! あたしたち、もっと練習したくって! 放課後や休みの日に集まるだけじゃ足りなくって、もっとぎゅ~って時間を詰めて練習できたらなって! 今の気持ちがなくなっちゃう前に、いまだから! だから合宿なんです!』
「落ち着いて春日さん。学校で合宿か……すぐにはちょっと無理かもしれない。ダンス部は結成して間もないから、許可を取るのに時間がかかると思う」
『そうなんですか……』

 残念そうな桜映と同じく、電話の向こうから香蓮やすみれの声も聞こえてきた。
 咲也は努めて明るく言ってみせた。

「でも、合宿には大賛成だ。どこかいいところを探してみるよ。いつが都合いい?」
『来週の土日が嬉しいなって思います! 東先生、ありがとうございます!』
「うん。今日は三人で練習? ――ああ、いつもの河川敷か。よくストレッチして、怪我しないよう気をつけるんだよ」

 それじゃあね、と通話を切った。
 とはいえ合宿所なんて施設はそうあるものではない。利用費や宿泊費も馬鹿にならない。
 さてどうするかと、咲也は大学時代に利用したことのある練習場所を思い浮かべながら首をひねる。

「なんだ、強化合宿か? そういえば僕たちも試合明けはいつも合宿だったな。実に懐かしい」
「ああ。負けた後は特にそうだった。懐かしいね」
「あの時は大学の合宿所があったから良かったが、アテはあるのか?」
「いや……まぁいろいろあたってみるよ」
「心当たりなら、なくはないぞ」
「ほんとか? ――いや、星司はステラ・エトワールのトレーナーとしてやること山積みだろ。学内選抜も近いんだし。こっちは気にしないでくれ」

 思案顔の咲也を、星司はじっと見つめた。

「なぁ東。いいトレーナーとは何か言ってみたまえ」
「なんだよ急に。いいトレーナーって……いろいろあるだろ」

 俯いて考える。答えなんていくつもあったが、どれも解答になるとは思えなかった。

「どうしてそんなこと訊くんだ」
「ハァーッハッハッハ! 特に意味はない」
「ないのかよ」
「ああ、無い。――キラッ!」
「その突然の決めポーズにも意味はないんだろうな」
「思慮深いようで実は、というギャップを堪能するがいい」
「帰れ」

 またいやだいやだとちゃぶ台を抱え込む星司から牛乳パックを取り上げていると玄関のチャイムが鳴って大家さんが現れた。咲也と星司はこってりと絞られた。

***

 翌日、月曜日の練習は中庭ではなく、プロジェクターのある教室に集合した。
 練習試合の映像を全員で見て、改善点や気づいた点を共有していた。

「何度見てもステラさんのダンスはかっこいいね」
「そうだね。あ、ここ見て! こんなキツそうな体勢なのに全然ぶれてない。すごい!」
「振付の発想がすごいわ。こんな動きもありなのね」
「新しい発見ばかりだと思う。これをブーケらしく取り入れていこう。それで、基礎練習に加えて増やしたいメニューがあるんだ。水川さん」
「はい。桜映も香蓮も基礎になる身体ができてきたから、ひとつ進んだ練習をしようと思うの。今までより厳しくなるから覚悟しておいてね」

 地獄の追加メニューが説明されていくうちに、桜映と香蓮が次第に青ざめる。
 恐る恐る意見しようとする手をすみれがにっこり笑顔で封殺した。

「どうかした?」
「イエ……なんでもアリマセン……」

 力なく手を下ろす桜映の横で香蓮がマッチョになっちゃうと嘆いていた。
 咲也が言った。

「それで合宿の件なんだけど、やっぱり学校でするのが一番いいみたいだ。とはいえ泊まりはもちろん駄目で、日中でも体育館やグラウンドは他の部活が使うから、空き教室と中庭を申請しておいた」
「ありがとうございます!」

 昨日星司を追い出してから探してみたが、どうしても予算が掛かってしまったり、場所が遠くなってしまったりと、いい場所が見つからなかった。ダメ元で大学の合宿所にも問い合わせたが断られてしまった。
 どうせなら鏡張りのトレーニングルームを使わせてあげたかった。だから咲也はまだ諦めず訊いて回っていたが、わざわざ言って期待を持たせることはしたくない。

「合宿のメニューも水川さんと一緒に組むから、当日まで体調管理はしっかりとね」

 すみれの笑顔にまた震え上がる桜映と香蓮だった。
 プロジェクターを操作して、ブーケの試合のダンスを映し出す。繰り返しステラ・エトワールのダンスを見た後だと、新しい視点で自分たちのダンスを見ることができた。
 桜映もすみれも香蓮も真剣に自分たちのダンスの駄目出しをする。
 新しい気づきが多かった。意見が飛び交い、いつの間にか下校時間が近づいていた。
 もう帰ろうという頃、桜映がぽつりと言った。

「あたしたちのダンスを見て、惺麗ちゃんたちはどう思ったんだろ」
「そうだねぇ。かれんも知りたいって思うな。きっといっぱい言われちゃうね」
「仕方ないわ、レベルが違ったもの――今はまだ、ね。でもすごく勉強になるんじゃないかしら」
「そうだよねぇ……あ、じゃあ、聖シュテルンに行ってみようよ! 惺麗ちゃんに直接訊いてみたらいいんじゃないかな!」
「桜映ー? いくらなんでも迷惑よ?」
「ちょっとだけだったら平気だよ! ね、先生、いいですか?」

 いつもと同じ様子で、何の気なしに訊かれたこと自体に。
 ――咲也は面食らって言葉を失った。

「えっと……」

 平気なのか――と言いかけて飲み込んだ。
 負けたのに、と続いてしまうからだ。
 咲也は順番に三人の顔を見つめる。気負った様子や、無理をしている様子はない――と思う。信じられないメンタルの強さだった。
 それで咲也は気づいた。負けたことにこだわって、前に踏み出していないのは自分だけだと。
 桜映たちは純粋に上手くなることだけを考えているのに。
 そう思うと、咲也自身、目の前が開ける気持ちがした。

「――――うん。こっちから話を通してみるよ。期待して待ってて」
「やった! ありがとうございます!」

 楽しみな様子で喜ぶ三人に感心する自分に喝を入れる。
 解散してすぐに咲也は星司に連絡をした。聖シュテルン女学院の終業時刻が花護宮と同じくらいかはわからなかったが、ぐずぐずと待ってはいられなかった。
 何度目かのコールで星司が出た。

『ハァーッハッハッハ! 僕だ! 聞いてくれるか東、聖シュテルンはやたらテストが多くて丸付けだけで一苦労なんだがついこの間画期的な丸付け短縮法を思いついてな、解答をいろはにほへとで順番に並べたらこれがまた』
「星司、頼みがあるんだ」
『何だ改まって。友愛と書いてラブと読む東の為だ。なんでも言ってみたまえ』
「昨日言ってた合宿所の心当たり、教えてくれないか。それと――ブーケとステラ・エトワールで合同合宿をしよう」

 返事はすぐにはなかった。見かけによらず人一倍気遣い屋の星司だから、ブーケの三人のことを慮ってくれているのかもしれないと咲也は思った。
 しばらくして、苦笑するような音が受話器越しに聞こえた。

『さらっと言ってくれる』
「ダメなのか?」
『いや。少し待て』

 通話が切れる。待ったのは数分だっただろうか、再び咲也の携帯が震えた。

『ハァーッハッハッハ! 僕だ! 来週の土日を押さえたぞ! 住所はあとでメールしておこう』
「ほんとか。助かるよ星司」
『この僕の手腕をほめたたえて存分に感謝するがいい! しかしどうした。僕を頼るなんて珍しいじゃあないか』
「別に珍しいつもりはないけど……まぁちょっとね。それで、合同合宿の方も大丈夫か?」
『問題あるまい! 惺麗くんが乗り気だったからな』
「そうか。こっちから誘っておいてなんだけど宿泊費は折半で頼む。あんまり高いところじゃないよな?」
『ハッハッハ! この僕が毎食カップ麺の東への心配りを忘れるわけがないだろう!』
「ほっといてくれ」

 でも実際助かるよと安堵する咲也に、星司が続けて言った。

『なにせタダだからな』
「は?」
『まぁ菓子折りでも持っていけばそれでよかろう』
「ちょっと待て。合宿所じゃないのか?」
『いや、惺麗くん家だ』
「なんだって!?」

 おかしいだろ星司お前バカヤロウなどと一悶着あったのはまた別の話。
 ブーケとステラ・エトワールの合同合宿は、九条院家にて開催されることに決定した。



ページの一番上へ



ストーリーのトップページへ戻る