Trinity Tempo -トリニティテンポ- ストーリー



 公立花護宮高等学校に響く、軽やかなステップの音。
 春風のそよぐ中庭で<ブーケ>の三人が練習を重ねていた。
 ゆるやかな日差しの下に、ほかに人の姿はない。
 ギャラリーもいない。トレーナーの咲也もまだ来ていなかった。

 センターの桜映の動きに、すみれと香蓮の振りがぴったりと合う。背中を向けていてもそれがわかるのは絶好調のときだと、桜映自身も最近気づいたことだ。
 ステップの幅、ターンのタイミング、指先の角度まで合わせるにはまだまだ努力が必要だったけれど、ちぐはぐだった動きが『ダンス』と呼べるくらいには、少しずつ形になってきていた。
 一緒に合宿をして、放課後にクレープも食べて、もちろん練習もして――
 まるでリズムを共有するように過ごした時間が、三人の息をそろえていた。

 音楽がゆっくりとフェードアウトしていく。
 余韻を残しながら振り付けを踊り終えて――桜映たちはわあっと歓声を上げた。

「いまの、なんかいい感じだったよね!」
「うん! さえちー、いつも間違えてたところの振りも、もう完璧だね」
「香蓮もテンポの遅れてたところ、ぴったり合ってたよ! この調子なら次は……トリニティカップ出場だね!」
「そんなわけないでしょう」

 カメラの映像とにらめっこしていたすみれが、ダンスの出来を確認しながらぴしゃりと言った。ひやっと肩を竦ませて、桜映も香蓮もどきどきしながら再生画面をのぞきこむ。

「そんなに下手っぴだった……?」
「えっ? あ。――ううん、ダンスは意外と悪くなくって、私も驚いてるというか……そうじゃなくて桜映。トリニティカップに出場するためには、まず予選を通過しなくちゃ」
「予選?」
「そう。出場校が少ないところは地方ブロック大会だけだけど、私たちは都大会と関東地方大会を勝ち抜かないといけないの」
「蒼牙さんのところみたいに、学校にいくつもチームがあるところは、さらに校内選抜もあったりするんだよ。――ってあれ? そうすみれちゃんが言ってたの、さえちーも一緒に聞いてたような?」

 あれ? と不思議そうに宙を向く香蓮に、桜映はばつの悪そうに笑ってみせた。

「う、うーん……たしかに聞いた、かも?」
「もう。桜映ー?」
「えへへ……ゴメンナサイ」
「大丈夫だよさえちー。うふふ」
「ふふっ。とにかく、まずは都大会優勝。桜映も香蓮もまだまだ全然なんだからね。ビシバシ鍛えるわよ」
「うん! よろしくね、すみれちゃん」

 やわらかくほほ笑む香蓮と頼りがいのあるすみれを眺めて、なんだか嬉しい気持ちでいっぱいになった桜映は、両手を広げて、大好きな気持ちを全身で表現した。

「わあっ」
「こら桜映! すぐ抱きつかないの!」
「まあまあ、よいではないかよいではないかー」

 二人の間でほっぺたをすり合わせる。二人ともやわらかくてあたたかくて、本当に優しい。
 一緒にチームをつくってよかったと、心から思う桜映だった。

「あたしたちならできるよ、香蓮、すみれちゃん!」
「もう……簡単そうに言うんだから。個人練習だってもっと必要だし……なによりステージ経験もないままいきなり本番なんて、上手くできるかしら……」
「かれん、他のチームのダンスも見てみたいな。それで私たちのダンスも見てもらいたいな」
「香蓮の言うとおり、他のチームと比べてみて、私たちが今どんなレベルなのか確認するのはいいことね。うーん……」

「おーい、みんなー!」

 中庭に響き渡る声。
 桜映たちの方へ、スーツ姿の見慣れた若い先生が駆け寄ってくる。

「東先生だ。せんせー!」
「どうしたのかしら。なんだか深刻そうな顔だけど」
「先生、どうしたんですか?」
 東咲也がばたばたと走ってくる。よっぽどあわてていたのだろう、よく見ると校内履きのスリッパのままなのに、気付いている様子はなかった。
 咲也は桜映たちの前まで来ると息を整えて、真剣な顔でこう言った。

「ブーケに――練習試合の依頼が入ったぞ!」



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