Trinity Tempo -トリニティテンポ- ストーリー



 桜映や香蓮が入学したのと時を同じくして、1人の青年が新任の体育教師として公立花護宮高等学校へ赴任していた。
 彼の名は東咲也(あずまさくや)。
 ダンスに携わる仕事に就く事を目指し、学生時代はダンスについて学んでいた。

「はぁ……。事前に知っていたし覚悟もしていたけど、本当にダンスチームがひとつもないとはなぁ」

 放課後の中庭で、散り始めている桜の木を見上げながら咲也は呟いた。
 ――現在の彼の目標は『トリニティカップ』に出場するダンスチームのトレーナーとなる事である。
 一浪したとは言え、晴れて大学を卒業し、高校の体育教師となれる事が決まった時は目標に大きく近付けたと感じていた。
 だからこそ、赴任を希望する学校名を間違えた挙句、その学校が現在の時勢では非常に珍しいダンスに力を入れていない学校だと知った時は、自分のものとは思えないような声を出すほどに愕然としたものである。
 幼い頃から友人や親に至るまで“しまらない”と言われ続けてきた事もあって、自分が優秀な人間とは思っていなかったが、流石にあの一件は堪えた。
 同級生には関東随一のダンス名門校『私立聖シュテルン女学院』に赴任する者もいるというのに、なぜ自分はこうも上手くいかないのだろうと、一時期はひどく落ち込んでいたが、生来のプラス思考や多くの友人達の励ましもあって、大学の卒業式が終わる頃には気持ちの切り替えを済ませていた。

「確かに花護宮高校にダンスの実績はないけれど、ダンスチームがないと決まった訳じゃないし、今年はチームが結成されるかもしれない」

 そんな事を自分に言い聞かせながら花護宮高等学校にやってきた彼は、時間を見つけては校内のダンス事情について調べまわった。その結果、学校側がダンスに力を入れたいと考えていることは分かったが、現実としてダンスチームが一組もなく、これまでに結成された事がないことも同時に分かった。

「さて、どうしたもんかな」

 実の所、学校名を間違えた一連の流れで、彼は十分すぎるほどに打ちのめされていたので、改めて調べた内容が望ましいものではなくとも、さほどショックは受けなかった。
 一通り調べた後に、自分が音頭をとってチームを作りたいと言う話もしてみたが、教師が主体となって呼び掛けるのは生徒の自主性を損ねるとして一蹴されてしまった。

「となると、授業中にダンスの魅力について話をするとか、かな。都合よくダンスに興味のある生徒がいて声を上げてくれる、みたいな偶然が起きてくれればなぁ。あの話も結局デマだったみたいだし……」

 入学早々にダンスチームを作りたいと呼び掛けている生徒がいると言う話を耳にした咲也は、
昨日今日と喜び勇んでその生徒を探してみたものの、一向に見つける事ができなかった。

「とりあえず、明日からは部活に所属していない1年生を中心に、さりげなくダンスをアピールしていこう。こんなことで諦めるわけにはいかないよな。……さてと、仕事だ」

 ――今年の桜も見納めだな。
 そんなことを思いながら、残った仕事に着手するべく、咲也は校舎へと足を向けた。




 ――ダンスメンバーの勧誘再開初日の放課後。
 最終的に8割近くを香蓮が作った勧誘用のチラシやポスターを手に、休み時間も1人で勧誘を続けていた桜映は少し休憩をしようと、自販機で購入したイチゴ牛乳を片手に大きな桜の木がある学校の中庭に来ていた。

「う~ん、やっぱり難しいのかなぁ……」

 色々と声を掛けたりチラシを配ってみたものの、周囲の反応は芳しくなかった。

「みんな、興味がないわけじゃないと思うんだけどなー。『蒼牙』の話をしてる人もいたし」

 ――蒼牙。
 桜映がダンスに熱中するきっかけを作った、『トリニティカップ』の前回優勝チームであり、『トップスター』にいま最も近いと言われている3人の女子高生。

「あんなに凄いのにあたしと1歳しか変わらないんだよね……」

 今でも目を閉じれば、あの時の圧倒的なパフォーマンスがすぐに浮かんでくる。

「く~!すっごいなぁ~!あたしもあんな風にかっこよく踊ってみたいなぁ。それで『トリニティカップ』に出場して、あの人達と一緒のステージに立ちたいなぁ!」

 テンションが上がってしまいじっとしていられなくなった桜映は、『蒼牙』のダンスを見様見真似で踊り始めた。

「ここでこうして、その後ジャンプ。そしてかっこよくターン!っと、あれ?うわわわっ!?」
「危ないっ!」

 高い技術が必要なダンスを無理矢理真似た結果、体勢を崩してしまった桜映は転倒を覚悟し、目を瞑って痛みが来るのを待っていたが、一向に痛みが来ない。
 怪訝に思った桜映がゆっくりと目を開くと見知らぬジャージ姿の男が下敷きとなり、地面との衝突から防いでいた。 桜映は慌てて男から離れ、恐る恐る声を掛けた。

「ご、ごめんなさい!……あ、あの~。大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。大丈夫大丈夫。なんでこうしまらないかなぁ……」

 流石に服は汚れてしまっているが、男は特に怪我は無いようだった。大丈夫だとジェスチャーで示してくるのを見て、桜映は胸を撫で下ろすと同時に頭を下げた。

「あたしがドジっちゃったせいで……。本当にごめんなさい!」
「いいよいいよ、気にしないで。でも、あんな高度な技をするにはまだまだ実力が足りないかな。『ウィッシュ』も履いてないし」
「『うぃっしゅ』?えーと、それってなんの……。って、あれ!?もしかして、見てたんですか?」
「ごめんね。偶然通り掛かったら、君が踊っているのが見えたからさ」
「うわ、うわうわうわ。へっぽこなダンスでごめんなさい!」
「なんで謝るのさ。確かに上手とは言えないかも知れないけど、楽しそうな気持ちが見ているこっちにも伝わってくるダンスで、俺は好きだけどなぁ」
「そ、そんな。照れちゃいますよ。エヘヘ。……えーと、今更なんですけど先生、ですよね?」
「あーそっか。一応入学式で名前呼ばれたけど新任教師の事まで頭には入らないか。体育の授業もまだだしね。それでは改めて。4月からこの学校で体育を教える事になった東咲也です。」
「よ、よろしくお願いします!東先生!」
「こちらこそ。君は1年生だよね?名前を聞いてもいいかな?」
「はい。1年生の春日桜映です!」
「春日さんか。よろしくね。――それで、ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

 それまでと咲也の雰囲気が少しだけ変わったような気がした。

「――春日さんは、ダンスが好き?」

 その時、強い風が吹いた。
 日に日に散っている桜の花が強風に煽られ空に舞い、まるで桜吹雪のようだった。
 そんな幻想的な光景の中で、桜映は咲也を強い瞳で真っ直ぐに見つめながら答えた。

「はい。あたしはダンスが大好きです!蒼牙みたいにステージの上で踊れるようになりたいです!!」
「そっか。うん、良かった」

 とても簡素な返事だったが、咲也はとても嬉しそうに顔を綻ばせた。

「さっきのダンス、この前の蒼牙のダンスだよね?ファンなの?」
「実はあたし、はじめて生でダンスを見たんです。それですっごく好きになっちゃって……」

 それから2人はしばしダンスについて言葉を交わした。とは言え、咲也は桜映にダンスの知識がほとんどない事に気付いてから、聞き手に徹していたのだが。
 桜映がひとしきり話し終えた後、咲也が口を開いた。

「春日さんは、どこでダンスをしているの?」
「えっと、実はあたしダンスチームに所属してる訳じゃないんです。この学校にはダンスチームがひとつもなくて。それで、今は一緒にダンスをしてくれる人を探してるんです」

 桜映が、転んでもずっと手にしていたメンバー募集のチラシを見せると、咲也は一際嬉しそうな顔をした。

「そっか!それで調子はどう?」
「今日一日色々とやってみたんですけど、まだ誰も。でもでも!始めたばかりですから!もしかしたら明日にはワーッて参加したい人が来るかもしれないし、これからです!」
「うんうん。……そうだよな。やっぱり、諦めるにはまだ早いよな」

 咲也が自分に言い聞かせるように言葉を発し、桜映は怪訝そうに首をかしげた。

「先生……?」
「よっし!俺も頑張らないとな!春日さん、メンバー集めで困った事があれば何でも言ってくれ!俺も協力するから!」
「あ、ありがとうございます!でも、いいんですか?授業とかあるんじゃ?」
「大丈夫、何とかする!俺もこの学校にダンスチームを作りたいんだ!それで、チームのトレーナーになって、『トリニティカップ』に出場する!それが俺の目標なんだ!!」
「え?え?えええ!?」

 一気に咲也が捲くし立てた為、桜映は戸惑ってしまったが、それでも自分に心強い味方ができた事は理解できた。

「えっと。先生、あたし頑張ります!絶対にダンスチームを作りますから!そしたら私にダンス、教えてください!」
「うん!お互い頑張ろう!色々俺の方でも動いてみる。まずはメンバー集めだな!!」
「はい!それじゃああたし、もう一度校舎を回ってチラシを配ってきます!」

 言うが早いか、声を掛ける暇もない程の速さで桜映が校舎に向かって駆け出した。
 本来、自分の立場であれば校舎内を走る事を注意しなければならないのだが、その事を忘れる位に、咲也も興奮していた。
 ダンスを好きな子がいて、その子がチームを作ろうと動いている。
 それまで、学校でダンスの事を考えているのは自分1人だけなのではと思うことさえあった咲也にとって、それは非常に嬉しい事であり、ぼやけていた自分の目標が少しだけ輪郭を帯びたように感じられた。

「あと2人。2人集められれば、スタートラインに立てる!――それにしても」

 脳裏に浮かぶのは、先程偶然見かけた桜映のダンス。一目見て素人だと分かる程、基本も何もないダンスであったが、何故か咲也はそのダンスから目を離せなかった。

「もしかしたら凄い原石だったりするのかな。……って、うわっ!マジかよ!?」

 偶然視界に入った腕時計を見て、ちょっとした休憩のつもりが想像以上に時間が経っていた事に気付いた咲也は、先程の強風で更にその花を散らした桜の木を背に、職員室に向かって駆け出した。
 ――桜の木には若葉が芽吹き始めていた。

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